第9号 / 9 · 紙の上のレター

10年後にも開けるか

長く続けた記録がアプリより長く残るかどうかは、結局どんな形式で置かれているかの問題になります。

3年目と6年目では、問いが変わる

最初の1か月は、こんな心配をしません。写真が数枚と一行が数日分たまっただけです。関心があるのは、今夜も一行を残せるかどうかだけです。

問いが変わるのは、年数が増えてからです。日記を続けている人は自分を「3年目」「6年目」と数えます。そこまで来ると、それはアプリの中の入力履歴ではありません。引っ越しの前日の空いた部屋、なんでもなかったせいでかえって覚えていない火曜日の朝まで含めて、暮らしの順番そのものに近づきます。

機能がひとつ足りないことは不便で終わります。何年分かが開かないことは、そうではありません。

開くというのは、形式の問題

10年後にも開けるという言葉は、作った側が10年後にも残っているという約束ではありません。それは誰にもできない約束です。

引き出しを開けると、小さな写真が並んで立っている
引き出しを開けると、小さな写真が並んで立っている

代わりに確かめられるのが形式です。記録をひとつの大きなかたまりにまとめてしまうと、そのかたまりを解くプログラムがなければ一日分すら読めません。形式がそのまま鍵になります。

今日、記録は1日分をひとつのフォルダとして保存します。中にはその日の写真ファイルと、日付と一行を入れた小さなテキストファイルが並んでいます。写真は写真のまま、文章は読める文字のままです。特別な鍵がいらない形で置いておくこと。長く持つ記録には、そのほうが安全です。

アプリを開かなくても確かめられる

これらのフォルダはiCloud Driveにあり、iOSの「ファイル」アプリからそのまま開けます。フォルダ名は日付ではなく長い識別子なので最初は見慣れませんが、ひとつ開けばその日の写真がそこにあります。

派手な機能ではありません。ただ、長く置くものには必要な感覚に近いと思います。どこかに無事にあるはずだと信じていることと、一度開いて目で見たことは違います。引き出しを一度開けて閉める、それくらいのことです。

10年後にそれを開く人

1日1枚と一行は、今日見ると小さなものです。それが10年になると、3千を超える日になります。

そのとき開くのは、今の自分ではなく、書いたことの大半を覚えていないくらい時間が経った自分です。今日の写真のどれが後で意味を持つかは、今は選べません。それはもっと先で決まります。

だから長く続ける記録に必要な問いは、今どれだけ良く見えるかではありません。必要になったときに、手の届くところに残っているかどうかです。

ストーリーアーカイブ

これまでのレター

順番に読むと、1日1枚という小さなルールが、なぜ静かで私的で、戻りやすい設計なのかにつながっていきます。

  1. 第1号 写真1枚と、ひとこと。それだけの日記
  2. 第2号 何日か抜けても大丈夫な日記
  3. 第3号 投稿するかどうか迷う、あの3秒がない記録
  4. 第4号 写真がずらりと並ぶカレンダー
  5. 第5号 その日記は、どこにありますか
  6. 第6号 なぜ「印画紙」なのか
  7. 第7号 ホーム画面に置かれた今日
  8. 第8号 削ったものの一覧
  9. 第9号 10年後にも開けるか 現在

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今日という日を、1枚に残す

写真1枚と短いことばだけで十分です。